日本全国の神社の歴史は伊勢から

社会

「神社の歴史が知りたい」
「伊勢神宮と神社本庁に一度行ってみたい」
「神社本庁について興味がある」

世界でも日本は、とても長い歴史を誇る国です。
現在は西暦を使用していますが、1970年代頃までは紀元節という年号w用いたいました。
団塊の世代以上の方ならご存じでしょうが、国歌とは異なった歌で毎年2月に建国記念日を祝ったものです。
紀元節とは初代天皇である神武天皇が、わが国を治めたことに由来をしており、2021年の時点で本来であれば2500年目を迎えているということになります。
しかし、現在は世界標準の西暦になされており、あくまえも紀元節は日本独自のスタイルだけになったわけです。
ここでは簡単に、紀元節の由来と神社、そして歴史のはじまりについて解説をしていきましょう。

古事記とは

天皇の存在がカギを握っているのですが、そのはじまりは古事記にあります。
神話と考えられる方も多いのですが、実際には皇室の起こりを記した古典です。
天照大神がこの地にわれわれを誕生させ、日本列島を創造したという話からスタートをします。
その後、各地にさまざまな神を派遣して、人間が正しく生きられるように道しるべを示したということです。
2021年現時点で、全国には約15万件以上もの数である施設が点在をしています。
その施設とは神社であり、現時点では神社庁が管理をおこなっているのがポイントです。
神社庁は代々、長官は皇族の人が担当をされておりいろんな儀式を実施しています。
その総本部である神社本庁は三重県伊勢市にあり、伊勢神宮がすべての施設のトップに君臨をしているわけです。
どこでも宮司という肩書きに方がいますが、その宮司になるには伊勢市にある国士館大学を卒業しなくてはいけません。
さらに5年間の研修を伊勢神宮でおこなって、各地に派遣をなされます。

伊勢神宮では天照大神を祀られている

実家が代々神に仕える家だという方も多いですが、その際に親の跡を継ぐ時でも必ず大学に進学をして研修を受けるのが決まりとなります。
この伊勢神宮では天照大神を祀られており、さらには三種の神器のひとつとなる勾玉も保管をなされているところです。
必ず皇族の方が毎年1月1日に参拝をされる習わしがありますが、先祖に挨拶をするための足を運ばれているということです。
敷地内は約20ヘクタールという広大な土地を有し、伊勢市全体の約70パーセントを占めています。
そして市内で暮らされている方々の大半が、神社庁に関係するお仕事をされている方ばかりです。
日本でもこれほどひとつの組織にゆかりをもつ方々が暮らされている土地はなく、非常に珍しい慣例を貫いているといえるでしょう。
神宮内には全国の施設の名前を記した社があり、ここで分霊を祀られているのもポイントです。

伊勢神宮の歴史

そこで伊勢神宮の歴史を見ていくことにすると、すべては神武天皇からはじまったことがわかります。
紀元節でいうところの2500年前、神武天皇は天照大神から東方遠征を命じられました。
まだこの当時は神武は豪族という地位しかなく、奈良県の小さな村で同志とともに集落を築いて暮らされていた時代です。
なぜ神武に神が告げをしたのかは謎ですが、ここから現代の天皇までの長い歴史がはじまりました。
東方地方では鬼が人々を苦しめており、その討伐に向かったわけです。
計5名の同志と共に剣を握って討伐に向かいますが、その5名は古事記に登場する大国主・毘沙門天といった神々でした。
さきに述べると、現在の古事記で語られる神というのは、元は人間出会った人たちです。
長い歴史のなかで神格化をされたということでしょう。
神武は無事に東方を制することができ、天照から日本を導く主導者に選ばれました。
小さな村の集落から、奈良県橿原市に移り住み、そこで宮殿を築いたわけです。
これが現在の橿原神宮で、こちらも皇族の方々が毎年、伊勢神宮を参拝したあとに立ち寄られている場所になります。

橿原神宮は天皇をまつられている土地

伊勢神宮は神をまつる場所であるところですが、橿原神宮は天皇をまつられている土地です。
二つは直線上に位置しており、毎年夏至の時期には太陽の光が一直線に降り注ぐことでも知られている一帯になります。
パワースポットともばれているため、昨今では幅広い方々が2つの土地を巡る旅をされています。
計14万件もの神社が各地に存在をしていますが、その大半は江戸時代などに建立をされたものである点も興味深い話になります。
まず江戸時代初期のころは、多くの方が伊勢参りをされていたことはご存じでしょう。
約半年間もの長い旅をして、江戸や東北地方から三重県にいくというものです。
若い方であれば行って帰ることも可能ですが、高齢者ではまず不可能です。
そこで考えられたのが、住んでいる一帯で分霊となる社を設置することでした。
いわば、伊勢詣を身近な場所でしようというために、社が作られたということです。

まとめ

そのため大半の施設が町内会や自治体の中心部にあって、誰でも足を運べるようにされています。
長い歴史の中で作られた制度で、その本当の意味をすることがいまではなくなっており、後世に伝えていかないといけません。

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